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悩む

本日は、退院後初の術後検診の日。
退院が年末の病院営業日の最終日で、駈け足だったので、まだ、手術がどんなんだったとか、そんな話も聞いてないので、そういう説明も込みの診察なんですけどね……


この大雪の中、病院の予約という理由でサバイバルをするべきなのか?


悩みます……

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genre : 日記

12月23日 ――術後2日目―― 発覚

 相変わらず、部屋ではカタカタと物音がうるさく、気になって仕方ない。
 それでも、少しは慣れたのか、歩いたせいで疲れたのか、けっこう早めには眠れた。

 昨日の夕食後、まだ腸はカラのハズなのに、腹が痛くなってトイレに行った。
 ――尿はチューブが入っているため、意識せずとも排泄してくれるのだが、便は何もガードが無い。下着さえも付けていない。
 「T字帯」という、フンドシのように使う布切れ一枚だ。

 ――近頃の人は、「フンドシ」と言ってピンとくるだろうか?相撲の力士が使うアレとは、少し違う。
 フェイスタオルほどの形状の布切れの片方の両端に、紐が付けられている、アレだ。
 亡くなった祖父が大正生まれの人で、普段からフンドシを愛用していたから、知っている。
 ――まさか、こんなところで自分が使うとは、思ってもいなかった。

 それはともかく、出るものも無いはずなのに、なぜか腹が下ってしまい、何度かトイレに行った。
 普段なら何ともないが、この状況でそれは、かなりキツかった。
 一度トイレに行く度に、変な汗が出てハァハァとなる。弱った末に、下痢止めをもらった。

 そんなんで、昨日はかなりな「運動」をした、と思う。
 手術後から微熱も続いている。

 こんな時の身体拭きは、本当に気持ちが良い。
 普段なら、風呂かシャワーに行きたいところだが、それは当分無理だ。
 そこで、看護師さんが1日に1度、蒸しタオルを持ってきて、身体を拭いてくれる。
 ――尿のチューブが入っているうちは、「感染防止のために洗いますね」と、アチラをゴシゴシされて「アーッ!!」だったが、今朝、それも抜けたので、自分で拭く。
 背中とか、自分でできないところは、看護師さんがやってくれるのだが、慣れた手付きで蒸しタオルを当てられ、「かゆいところはないですか?」とゴシゴシしてくれると、天国だと思う。

 普通に考えてみれば、どうだろう?
 20代前半の女子に、この距離でお近付きになれる機会ってありますか?
 しかも、ここの病院、かなりレベルが高い。
 安達祐実似のカワイイ子から、夜の世界が似合いそうな雰囲気のおネエさままで、キャピキャピした美女たちがとっかえひっかえお世話をしてくれるのですよ?
 これが天国でなければ何ですか?

 ――もちろん、渡辺えりみたいな、貫禄満点の熟女様もいらっしゃいます。掃除のオバサンは、市原悦子に似ています。そちらがお好みの方にも、タマらないのではないでしょうか?

 ……話を戻して……
 この日の朝、腕が大変な事になっていた。点滴が血管からモレて、腕の形が変わるくらいパンパンになっていた。
 ――意外と、本人は痛くないので不思議だ。
 急遽、針を刺し直す事になったのだが……

 俺は、親譲りで、血管が細いらしい。しかも、年齢的に血管に弾力があり、「逃げる」のだそうだ。
 よく、血液検査でも失敗される。そういうのは自覚していた。

 だが……
 朝方、腕の腫れに気付いた看護師さんが、反対側の腕に刺し直してくれたはいいが、それもすぐに止まってしまった。よく分からないが、血管にうまく刺さっていないと、薬液が入らず、止まってしまうらしい。
 また別の看護師さんが刺し直してくれ――ようとしたのだが、すぐに抜かれ、「自信なくなっちゃった」と言って、別の人を呼びに行った。
 この、安達祐実の若い頃に似ている看護師さん、この病棟で一番若いらしく、愛想も良くて、声も可愛い。
 「自信なくなっちゃっ」ていいです。どうぞ練習台に使って下さい。

 ――だが、その看護師さんが連れて来た、「私より上手な人」は、ヒョロッとしたニイちゃんで、時間をかけて、慎重にやってくれたワリには、2度も誤「刺」された。しかも、ユミちゃん(仮名)よりも痛かったです。
 そして、諦めたニイちゃん、「係長を呼んで来ます」と言い残し、部屋を出て行った。

 「係長」――いかにも凄そうだ。
 と思っていたら、案の定、渡辺えり似の貫禄系のオバサマだった。
 愛想は無い。ただ、迫力は十二分。
「血管なんて、見えなくてもちゃんとあるのよ」
と言って、腫れてパンパンの腕の、腫れがひどくない内側の部分に、躊躇無くプスリ。
 ――百発百中である。さすが係長。

 この日の昼食からは、食事がドカンと増えた。
 流動食から、五分粥に昇格したのだ。
 ――にしても、お粥300gというのは相当なモノだ。軽く丼一杯はある。
 それに、軟らかそうなおかず2皿と、ゼリー。
 朝まで、重湯に梅こぶ茶を入れたのを、マグカップですすっていたのに、である。
 無理。絶対食えない。半分ほど残したが、にしても、久しぶりの米粒は有り難かった。

 そしてこの日の夕方、重大な事が発覚する。
 見舞に来てくれた家族に、足元の金属板がうるさいと言っていたら、見に行って即
「ネジが緩んでる」
と返答が。
 ――え?
 で、ネジをキュッと締めてくれたら――音はしなくなった。
 どうやら、無菌室の換気のための設備だから、外部と繋がっていて、そのため、風が強いと吹き込んでカタカタ鳴っていただけらしい。

 ……俺の中で、幽霊は消えた。
 頭上の照明のラップ音も、静電気か何かだ。そう思えて来た。

 その日から、安心して眠れるようになった。
 ――傷の痛みや熱のだるさだけはどうしようもないが、病院の個室というのは、何と快適な場所であろうか。


 ⇒12月24日 ――術後3日目―― サイレント・イブ
 ⇒目次

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12月22日 ――術後1日目―― 病院幽霊

 実は、手術前日から個室に移されていた。
 術後の容態を、ナースセンターの近くで集中的に観察できるように、と説明され、「無料」という事だったので、部屋の移動に応じた。
 だが、実際のところは、術後に付けられる心電図や血圧のモニターの置き場が、大部屋のカーテンで仕切られた一画では足りないからだろう。

 しかし、俺はこの「個室」というモノに、良いイメージを持っていない。
 なぜなら、「個室」は、人が「死ぬ」場所だから。

 祖母が亡くなった時がそうだった。別の病院ではあるが、亡くなる少し前から、「病院側の都合」という理由で個室に移された。
 考えてみれば当然だ。大部屋で人が亡くなれば、同室の患者にとっては、実にイヤなものだ。
 だが、個室ならば、そういう感情も軽減できる。

 ――つまり、個室、イコール、「出る」可能性が高いのでは?という持論なのだ。

 ……と言いながら、俺は生まれてこのかた、幽霊を見た事は無い。霊感もある方だとは思わない。むしろ、無い。
 「大丈夫大丈夫」とタカを括り、個室へ移動したのだが……

 その日、妙な物音が気になって、全く寝付けなかった。
 日が落ちた頃から、頭の上のナースコールのスイッチや照明がある辺りから、「バシッ」というラップ音のような物音が聞こえるし、足元の窓側の壁にある、金属製の丸い板状のモノ(後で看護師さんに聞いたら、「無菌室にする換気装置の一部」だそうだ)を、指先でカタカタと叩くような音もする。
 白い天井に伸びるブラインドの影も不気味だ。

 大部屋は南側だが、個室は建物の北側が当てられている場合が多い。この病院もそうだ。だから、昼間も日当たりは良くない。
 しかも、この病院は正面玄関が北側のため、救急車も北側から入って来る。頻繁に走る救急車のサイレンが気になって仕方が無い。

 ――どうしても眠れなかった俺は、睡眠薬をもらって飲んで、無理矢理眠った。
 さすがに、手術前夜に睡眠不足で体調を崩すのはまずいと思ったからだ。

 そして、その個室で迎える、2回目の夜。
 今度は、手術した直後で、コードやチューブでがんじがらめにされ、逃げも隠れもできない。
 心電図の「ピッ、ピッ」という音は止めてもらったが、頭の上の「バシッ」という音、足元の「カタカタ」いう音が気になって、眠れたモンじゃない。
 いい加減ぐったりして、点滴のチェックに来た看護師さんに「眠れない」と訴えるが、さすがに睡眠薬も使えないとの事。「何もできない」と言われ、諦めるしか無かった。
 時間を聞くと、午前零時。――自分の感覚では早朝4時くらいかと思っていた。まだまだ、夜は長い。
 麻酔のだるさでそのまま眠れるかと思っていたが、甘かった。

 ――看護師さんに言われた通り、目を閉じてじっとしていたら、それでも、いつの間にか眠っていた。

 翌日の朝。
 何とか早く部屋を変えてもらおうと、朝の検温に来た看護師さんに、「音が気になって眠れないから、部屋を変えて欲しい」と伝えた。
 ――さすがに、「幽霊が居るから」とは言えない。
 実際に幽霊など見ていないのだから。
 だが、いろいろチューブが抜けて自分で動けるようになるまでは無理だと言われた。

 その時思った。
 ――陰謀だ。陰謀に違いない。
 看護師さんならみんな、分かっているハズだ。……この部屋に「出る」というのを。
 だから、夜中に見に来た看護師さんも、ソソクサと出て行ってしまうのだ。
 一度など、コンコンとノックされ、扉が開いた音がしたのに、誰も入って来なかった事もあった。あれはきっと、幽霊の仕業か、もしくは看護師さんが入ろうとして、足元の壁のカタカタいうところに何か居るのを見て、入るのをやめて帰ってしまったのだ。きっとそうだ。

 それからは、少しでも早く部屋移動ができるように、早く動けるよう頑張ろうと、心に誓ったのだった。

 だが、そんな心配をしなくても、病院側の「早く動けるようにさせよう」計画は、かなりのスパルタ式だった。

 朝、邪魔だった心電図や血圧計といったモニター類が外れ、酸素マスクも取られ、気分の悪かった鼻のチューブも抜かれた。
 それと同時に、「後から歩く練習を始めますね」と言われた。

 ―――えっ?

 まだ、手術が終わって24時間も経ってませんが?
 しかし、看護師さん、「歩く練習」のために本当にやって来た。
 容赦なく布団を除けられベッドを起こされ、
「足をベッドから下ろして、ゆっくり座ってみましょうか」
ときた。
 ――マジですか!?
 それから、上手いことナビされて、……なんと、立ってしまった。
 さすがに、起き上がる時などは腹側部の傷口が痛むが、痛み止め用の麻酔が効いているのか、立ってしまえば、なんて事は無い。

 それよりも、今の自分の状態に唖然とした。
 お供というか何と言うか、自分の身体に付いているチューブの多い事……。

 まず、基本の点滴。杖代わりに支えにしている点滴台にぶら下がっている。
 他にも、排泄用チューブから繋がった大きな袋。背中から入っている、痛みコントロールのためという麻酔の細いチューブと、その本体に当たる牛乳瓶ほどの大きさの容器。
 それらを、点滴台のネジの部分にぶら下げる。

 そして……
 腰の辺りから唐突に出ている、グロテスクな色をした液体に満たされた太いチューブ。――これは、腎臓を取った部分に貯まる体液を出すためのものらしい。チューブの先に、ポシェットに入れられた容器。これを肩から懸ける。
 気持ち悪いのでよく見ていないが、どう考えても、位置的に、元来穴のある部位ではない場所からチューブが伸びている。――明らかに、今現在も、脇腹に結構なサイズの穴が1個空いている、という事だ。
 考えてみればゾッとする。

 ……そういうのを身体からゾロゾロとぶら下げて、点滴台にもたれるように立っている、今の自分はどんなんだのだろう?

 そんな事を少し思ったが、考え込んでいる余裕はその時には無く、すぐに脳貧血で気分が悪くなり、歩くのは断念した。

 しかし、これで諦めてくれる看護師さんでは無かった。
 午後からまた笑顔で、「歩いてみましょうか」と言ってきた。
 ――鬼だ。
 だが、いつまでもこんな部屋に居るのは嫌だ。歩いてやろうじゃないか。

 看護師さんの話だと、部屋を出てすぐのナースセンターを周りを2周歩けば合格で、弾性ストッキングを脱がしてくれるらしい。まだ、あまり身体が動かないうちは、ストッキングは外せないそうだ。
 ――よく見れば、脚は、異様に白いストッキングに包まれて、気持ち悪い見た目をしている。まるでミイラかゾンビだ。

 再び、ゆっくりとベッドから起き上がり、点滴台を支えにして立ちあがる。――先程よりはクラクラしない。いけそうだ。
 看護師さんに誘導されて、部屋を出る。
 目の前が、ナースセンター。けっこう広い。これを2周となると、目測だが、50mくらいはないだろうか?
 術後まだ24時間も経っていない。で、50m歩かせる。
 病院とは、すごいところだ。

 妊娠中らしく、少しお腹が出ている看護師さんと、いろいろ話しながら、亀並みのスローペースで歩いていると、いろんな人がチラチラと俺を見ていく。見覚えのある看護師さんが、ナースセンターの中からこちらを見てニコリと会釈した。
 ――スタッフの方なら、見慣れた光景だろうが、たまたま見舞に訪れた何も知らない人が、俺を見たらどう思うんだろう?
 身体からは何本もチューブをぶら下げ、みすぼらしい寝間着姿でノソノソ歩く青年。
 ……いや、病院なんだから、そんなのがゴロゴロ居て当たり前か。

 自分では努力したつもりなのだが、結局、1周でギブアップだった。
 変な汗が出る。呼吸が苦しい。無理をしてブラックアウトでもしたら、その方が迷惑がかかる。

 部屋に戻ると、たった数十メートル、しかも極めてゆっくりと歩いてきただけなのに、ひどく疲れた気になって、ベッドに横になった。
 ――昨日、ロクに眠れなかったせいか、いつの間にかウトウトしていたようだ。
 突然、看護師さんが入って来ると、「1周歩けたからOKってコトで、ストッキング外しますね」と、足からスポッと抜いて、持って行ってしまった。
 ―――ンなモンだったんですか。

 にしても、手術後の動けなさというのは、笑ってしまうくらい難儀なモノだ。
 体験していない方は、腹筋を使わないで、腕の力だけで寝た姿勢から起き上がってみるといい。
 ――どう動けばいいのか、全く分からない。
 ヘンなところに力が入るのだろう。肩やら胸やらが痛い。筋肉痛になりそうだ。

 しかし現状は、トイレに行く必要も無く、トレーニングとして動けばいいだけで、後は寝ていればいい。
 ――暇で困るかとも思ったが、まだ身体がだるく、逆に何もする気にならないから丁度いい。

 そんな感じで1日過ぎたが、この夜から、早くも「食事」が出る事になった。
 もちろん、流動食だ。
 メニューは、マグカップのポタージュに、パック飲料2本。
 1本はカロリーメイト系と、1本はリンゴジュース。
 お粗末極まりないのだが、それでも、約3日間何も口にしていなかった身体にとって、市販品っぽいポタージュの味が、どんなに染みわたった事か。
 慰める感じで「寂しいですよね」と言ってくれた看護師さんに、「味があるモノが口に入れれてうれしいです」と俺は答えた。


 ⇒12月23日 ――術後2日目―― 発覚
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12月21日 ――手術当日―― マナ板の上の鯉

 その日は、朝から何となく慌ただしかった。
 体温・血圧の計測に始まり(これは入院中は毎日だが)、浣腸(当然、出るべきモノは出ない)、手術着の配布など。
 予定時刻の30分前までに、手術着と弾性ストッキングを付けておいてください、との事だったので、トイレに通いつつ、着替えを済ませた。

 「弾性ストッキング」というのは、手術中、長時間同じ姿勢で身動きできない状態になるので、血流が滞り、血栓ができないようにするためのものだ。
 血栓ができてはなぜいけないのか?
 それは、「エコノミークラス症候群」と同じ道理。つまり、脚にできた血栓が、急に動き出した事により急激に通い出した血流に乗って流れ、肺動脈や心臓の血管、脳の血管などに詰まってしまい、最悪の場合、死に至るという、アレだ。
 最近はやりの「着圧ソックス」と同じ原理で、足首からふくらはぎ、太腿にかかる圧力を調整する事で、血流をスムーズにする、そういう訳だ。
 もちろん、血栓対策はそれだけではなく、手術中は、脚にマッサージ器のようなものも付けられる、という話は聞いた。

 そうこうしているうちに、手術の時間。
 前の手術の都合で予定より少し遅れたが、大きく予定が狂う事は無く、看護師さんが病室まで迎えに来てくれた。

 そして、――「徒歩」で、手術室に向かう。

 点滴も何も無い。看護師さんについて、青い検査用ローブのようなものを羽織って歩く姿は、ハタから見れば、検査の案内でもされているように見えるに違いない。
 ――とても、今から4時間半にわたる手術に挑む患者には見えないだろう。

 従業員用エレベーターで、別の階の手術室へ。
 ドラマのように、家族の見送りも無い。
 「手術室前で待たれても、他に手術を受けている患者の家族に紛れて、いざという時に連絡を取れなくなる可能性がある」
という理由で、「ご家族の方は病室でお待ち下さい」とやんわりと言われた。

 手術室の自動ドアを潜ると、少し広い空間になっていて、正面には、看護師さんたちの待機所のような部屋、右手には更衣室らしいドアがいくつか、そして左側が、奥へ続く通路になっている。

 まず、更衣室で、手術着の下に着ていた下着を取るように言われた。
 ――さすがに、ノーパンで病院内と言えども普通の人も通る廊下を歩くのは抵抗があったので、パンツは履いていた。
 スリッパも、手術室専用のものに変える。

 待機所の前へ行くと、担当してくれる数名の看護師さんがそれぞれ自己紹介をしてくれた。昨日、手術の説明をしてくれたおじさんも居る。――ハローキティのワッペンを付けた手術着を着ているおネエさんが居て、こんなモノにまでサンリオは手を広げているのか、と、驚いた。
 ドラマでよく見かける、不織布でできた、シャワーキャップのようなものを渡された。それを被る。

 その後、左の通路から奥へ。
 すると、両側の壁伝いに、手術室がズラリと並んでいた。
 ――金属製の扉のガラス窓から、中に人が居るのが見える。誰かが手術されている最中なのかも……

 と思いつつも、そんなにジロジロ観察する余裕も無く、俺は「No.7」と黄色の字で大きく書かれた扉の前に案内された。隣が「No.8」だったから、少なくとも、この病院には、7つ以上の手術室があるのだろう。――よく見なかったが、さすがに「No.4」の部屋は無いハズだ。
 その中でも、「ラッキーセブン」に当たるとは、ツイているのかもしれない。

 当然のように、扉は自動ドアで、中には既に5人くらいの人が居た。
 けっこう広い。イメージだが、ちょっとした教室くらいはあるかもしれない。何かよく分からない器具やらで、意外と雑然としている。
 ――そして、部屋の中央に、手術台だろう、狭いベッドが2つ。

 ……なんで2つ?

 そんな疑問が浮かんだが、内心は、それどころではない。
 ……できれば、この場から逃げ出したい。
 やはり、手術なんてイヤだ。これから身体の一部を失うなんて、考えただけでゾッとする。
 今、こうして何ともなく生きているのだ。このままでも構わない。
 俺が「やっぱりやめます」の一言を言えば、それまでなのだろう。
 ――この、手術台に上がるまでは。

 これまで、書面での説明で、漠然と話は聞いてきたが、実物の手術台や天井の巨大なライトを見ると、これが自分の身に起こる事であり、現実なのだと、生々しく見せ付けられた気がした。
 文字や言葉の解説とは比べ物にならない説得力。
 ……怖い。
 手術室に入る手前で足を止め、これまでの淡々とした勢いはどこへやら、部屋へ入るのを躊躇した。

 だが、実際は、そんな感傷に浸っている暇など無かった。
 拒む間も無く手術台の脇まで連れて行かれ、踏み台を上って一方のベッドに寝かされた。
 横向きに体勢を変えながら手術着をはぎ取られ、胸には心電図のモニター、右腕に血圧計。――巻かれた直後から、ギュッと腕を締め付けにかかる。右手の指先には、血中酸素を測るための洗濯バサミのような装置、顔には酸素マスク。
 あれよあれよという間にがんじがらめにされた俺の前に、帽子を被ってマスクをした伊藤淳史がが現れた。
 名前と手術部位の確認。――それを自分の口で言わなければならない。できれば、その回答は言いたくない。だが、言わざるを得ない。
 その背後から、美人の麻酔医が現れた。
「点滴刺しますね」
と、左腕を見ると、プスリ。その後、何か言われたと思ったら、頭がボーッとしてきた。
 背中でも、注射を打たれている。術前に説明があった、痛み止めの麻酔用のチューブを入れるのだ。それは理解できた。
 伊藤淳史が俺に話しかけている。よく分からない。
 もう、何が何だか分からない。

 が、覚悟するしかない。
 ――俺は、もう既に「マナ板の上の鯉」だ。

 そう思った頃には、もう意識は無かった。



 ――再び意識が戻るのは、もう、手術後の事だ。
 何か夢を見ていたような気がするが、思い出せない。目が覚めたばかりなのに。

 それよりも、自分が呼吸をしていない事に気付き、焦った。
「分かりますか?」
とか何とか言われている気はするが、息ができないので、声も出ない。
 必死で頭を左右に振って訴えた。――俺は生きている、生きているぞ!
 とにかく苦しい。息ができない。何とかしてくれ。

 ――すると、口から何かが抜かれ、急に呼吸ができるようになった。
 そういえば、術前の説明で聞いていた。手術中は、人工呼吸器を付けるので、麻酔が覚めた後、声が出ませんよ、と。
 ……だが、人工呼吸器って、呼吸を止めるモノだとは聞いていない!

 とにかく、息ができるようになってホッとし、周囲の状況が少しずつ分かってきた。
 瞼が重くて、目を開いて見る気にはなれないのだが、耳と感覚で、それらを理解する。

 周囲で、何人かが動きまわっている気配がする。声も聞こえる。
 右腕の血圧計が相変わらず、定期的に腕を締め付ける。中指の酸素チェッカー(?)が、意外に重くて、手が自由にならない。
 心電図の規則的な音。顔の酸素マスクと、鼻から胃に通されたチューブ。
 点滴も当然入っているのだろう。
 あと、陰部の違和感。――排泄用のチューブだ。

 「麻酔が覚めたら、知らないうちにたくさんのチューブが入っていてビックリしますよ」
 看護師のおじさんが言っていたが、その通りだ。チューブとモニターのコードで、がんじがらめだ。

 やがて、「せいのっ」という掛け声と共にベッドを移され、ベッドが動く感覚がした。
 ここはまだ、手術室のようだ。
 横移動と縦移動、そしてまた横移動の後、ベッドは落ち着いた。――自分の病室に戻ったのだと分かった。
 家族の声がする。見ると、家族が「よく頑張ったね」と俺の顔を覗き込んでいた。

 ――しかし、この「よく頑張った」という評価が、実はよく分からない。
 ドラマなどでも、手術前には「頑張って」、終わったら「よく頑張ったね」というのは、お決まりのセリフだが、「頑張った」のは、先生やスタッフの皆様であって、俺は眠っていただけだ。

 ……そんな事を考える程の余裕があるのに、逆に驚いた。
 身体が動かせないから、ボンヤリとしているようでいて、意識はかなりはっきりしている。
 しかし、その身体も、動かそうと思えば動くのだ。手術中、長時間不自然な姿勢をさせえられていたのだろう、腰が痛い。元々腰痛持ちなので、仰向けで寝るのが苦手だ。必ず腰にくる。
 我慢できなくなって、膝を立ててみると、簡単に動いた。少し横向きに体勢を変えたり、ベッドの上でゴソゴソできてしまう。
 もちろん、チューブやコードの制約があるので、あまり思うようにはならないが、それでも、看護師さんにも動いて良いと言われたので、できる限り、ゴソゴソしてみた。

 そのうち、先生がやって来て、手術はうまくいったと言った。
 窓の外はまだ薄明るい。予定通りの時間で終わったようだ。

 それから、家族とも少し話をした。
 頭ははっきりとしているのだが、やはり麻酔の影響か、何だかボーッとする。
 家族が帰った後、このまま眠れるか。――と思っていた。


 ⇒12月22日 ――術後1日目―― 病院幽霊
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12月17日~20日 ――手術前の平和な日々――

 正直、「手術4日も前の入院は、いくらなんでも早過ぎるだろ」と思っていた。
 身内にも、手術を経験した人は何人か居るが、だいたい、手術の前日に入院する程度だった。

 手術予定日が火曜日で、入院が金曜日。
 てコトは、本当は2日前でいいケド、病院側の事務手続きの都合で、無理矢理金曜にさせられた、と思った。
 (こんな年末に、急病でも無いのにわざわざ手術の予約をする俺もどうかとは思うが……)
 だから、土日は家に帰ってゆっくりしよう、とか考えていたのだが……

 甘かった。

 俺の疑惑を、主治医の先生に聞いたところ、
「腸をカラにするための特別食を食べてもらうので、食事の時さえ病院に居てくれれば、あとは自由でいいですよ」
との事だった。
 つまり、外泊したければ、夕飯を食べた後に家に帰り、翌朝の朝食の時刻までに戻って来い、と。

 ――さすがに、そんな面倒な事はしたくない。
 第一、家族に送ってもらって来ていて、車が無い。電車で帰るのも面倒だ。
 しかも、病院の周囲はひたすら田んぼ。徒歩で行ける距離にある店舗といえば、病院前のコンビニしか無い。
 ……病室で大人しく、DSでもやる事にした。

 入院当日、17日の食事は普通食だったのだが、翌日からは、非常に、何というか、質素なお食事でありました。
 豆腐と卵とキャベツとじゃが芋と、侘しい程度のご飯しか食べていなかった気がする。
 「低残渣食」、つまり、便を作らないための食事らしい。

 でも、食べられりゃまだ良かった。
 19日の朝食が終わってからは、食事禁止。
 ――腹は減る。体調には全く問題が無いのだから。
 ジュースや牛乳もダメ。水かお茶をガブ飲みするしか無い。

 そして、19日の午後。
 とうとう『アレ』を飲む時がやってきた。

 (以下、下品な表現が多いため、伏字にしてまいります。)

 『アレ』――強力な下剤。
 紙コップに満たされた、無理矢理水に溶かされた感満載のその白いドロッとした液体は、看護師さん曰く、
「ポカリスエットみたいで美味しいですよ」
だそうだ。
 実際飲んでみると……
 不味くは無い。少し酸味が強い、スポーツドリンク系の味だ。
 ただ、ドロドロとして、喉越しは良くない。
 一緒に渡されたフォーク(←謎)でかき混ぜながら、完飲。

 直後。――なんてコトは無い。普通。腹も痛くならない。
 なんだ、効かないじゃん。

 ……と思っていたら……

 2時間ほど後より、約10回に分けて、腹の中身を綺麗サッパリ出し尽くしてくれた。
 ――出たモノの色が「透明」って、経験した事ありますか?
 いくら下痢で液体しか出なくても、色は付いていますよね?
 さすがに、初めは色付きの液体でしたが、最後の方は、本当に無色透明なんですよ!
 一体、何が出てるんでしょうね、アレ……。


 ――汚い話を失礼しました。

 とにかく、そんな究極のデトックス体験がメインだったのだが、その他にも、いろいろやる事はあった。
 手術を担当する先生他、いろいろな人から説明や挨拶があった。
 担当の泌尿器科の先生は、以前、SNSに書いた通り、伊藤淳史に恐ろしく似ている。この人が執刀医で大丈夫なのだろうか――という不安は、当然口には出せなかった。
 そして、麻酔を担当する医師が、ビックリするくらいの美人で、伊東美咲みたいな、少しツンとした感じはあるものの、非の付けどころのないような素敵な御方。
 ……この2人がもし「電車男」みないな関係だったりしたら、手術中に暴れてやる。

 最後に、手術室担当の看護師さん。
 人の良さそうな「おじさん」で、書類を示しながら、丁寧に手術の説明をしてくれた。
 医師3名、麻酔医2名、看護師5名、計8名で手術に当たるとの事。
 ――想像していたより、遥かに大規模だ。
 ドラマ『医龍』を思い出す。「チーム・ドラゴン」より人数が多いじゃないか。
 しかし、ペースメーカーの手術をした母曰く、「私の時は10人以上居た」。
 ……あぁそうですか。

 ともあれ、そんな人数の関わる大手術だ。
 予定時間は4時間30分。
 くれぐれも、風邪をひいたりして予定を狂わせてはいけない。
 できるだけ、病室で大人しくしている事にした。

 その間、DSだけでは飽きるだろうと買ってきていた文庫本が、かなり面白く、暇潰しの役に立ってくれた。
 タイトルは、『死亡フラグが立ちました!』
 ――手術前に読むようなタイトルではない。
 入院前に行った本屋で目立っていたので、何となく買ってみたのだ。
 ミステリーだが、犯人探しよりも、ジョークと思えるような殺人方法を大真面目に書いているところが、斬新で面白かった!普段、本など滅多に読まない俺が、2日で読み切ったのだから、その面白さは保証する。――だが。エンディングが若干微妙だった。帯にあった「脱力するけど、損はしません」という言葉の意味を納得した。
 ……こんな時でもなければ、本も読まない自分のズボラさを知る、良い機会にもなった、かもしれない。

 さらに、手術前の病室にて、俺には大事な「仕事」があった。
 ――それは、同室のご老人の「おもり」(?)。
 ……4人部屋に3人が入室しており、そのうち2人が、「ナースコール」というものを理解できないご老人だったのだ。
 何かあると、生の声で「おーい!誰か」と呼んでいらっしゃるが、廊下までは届かない。仕方無く、俺が、ナースセンターまで看護師さんを呼びに行く。――そういう事が何回もあった。

 そして、普通に血液検査やら尿検査やらもあった。
 「24時間尿を貯める」という、病院に入院していなければ無理だ、という検査もあった。
 ――クレアチニン何とか検査というらしいが、それがどういう検査なのかは、よく分からない。

 しかし、そんな無駄に充実した日々も、後から思えば平和だった。
 翌日、いよいよ手術当日を迎える。


 ⇒12月21日 ――手術当日―― マナ板の上の鯉
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